「なんでもない、ってことねーだろ——って、言われたい?」


 胸が、ちぎれる。

 彼の冷たい言葉に、体温が下がっていく。どんどん下がっていって、身動きが取れなくなる。
 そんなつもりじゃない。そうじゃない。


 だけど、心の何処かでそう思っていた自分を、あっさりと見透かされて羞恥でこの場から逃げ出したくなった。


 そんな私の気持ちは、彼にとっては相変わらずどうでもいいのだろう。

「なんでもねえよ」と前を見て「あ、コンビニ」と言いながら遠くに見えるコンビニの看板を目指して歩き出した。

 高級そうな住宅街の先にある、不釣り合いな看板。車も通らないくせに、無駄に広い道路には私たちしかいなくて、やたら静かだった。


「使えることは不便なことだな」
「……どういう、こと?」


 またなぞかけみたいなことを言い出した黒猫に、口を尖らせながら質問を返す。


「きみは器用すぎて不器用だ」


 この猫は反対のことを言うのが好きなんだろうか。私の質問に答える気がないのかあるのかすらわからない。私今日一日わからないことばかりだ。

 朝はあんなにもすっきりとした気持ちで学校をサボりだしたのに、なんでこんな重い気持ちにならなってしまったんだろう。


「なんか、もやもやする……」


 もやもやしすぎて、イライラしてきた。悔しくてもどかしい。

 今まで、そんなに怒る方じゃなかったと思うのに。いつだって、笑っていられたはずなのに。嫌なことがあっても、悲しいことがあっても、前を向いていられたのに。


——『茉莉は、なにも言わないね』


 美和子の、歯を食いしばった表情が浮かんだ。


「忘れたからじゃないのか?」


 黒猫の声に、浮かんだ美和子の記憶に砂嵐がやってきて、姿を消してしまった。もしくは、隠してしまったのかもしれない。

 視線を地面に落とすと、猫は私と同じ速度で隣を歩いている。


「思い出したら、前に戻るだけじゃないの?」
「きみがそう思うなら、そうなんだろうね」


 黒猫は、意地悪だ。

 いつだって、返ってくる答えは私に疑問を与えるもので、結局自分で考えろと言っている。


〝そう思うなら、そうだ〟という言葉は、言い換えれば〝そう思わなければそうならない〟ということだ。


 一瞬浮かんだ美和子の表情は、私を見ていた。