「……っえ!?」
それを見ていたから。前ばかり見ていたから。突き当りの道から何かが飛び出してきたことに気づくのがワンテンポ遅れてしまった。
「……——っきゃああぁぁぁああ!」
キキキキーッと耳障りなブレーキ音と、私の叫び声が絡みあう。ハンドルを思い切り切ったせいで、バランスを崩すと同時に、タイヤがずるりと滑ったのがわかった。
「った! わ!」
ごろごろごろと転げ落ちて、地面の衝撃と、何かが顔に当たる痛みが私を襲う。最後の一番大きな衝撃とともに、音も痛みもおさまった。
つむっていた目をゆっくりと開けて、なにが起こったのかとあたりを見渡すと、誰もいない河原が広がている。
勢い余ってここに転げ落ちてしまったらしい。自転車は、と振り返るとかすかに頭に痛みが走った。
草むらに転がっている自転車。身体を起こして、軽く怪我の確認をしながら近づいていく。スピードはあまり出していなかったけれど、流石に落ちたからだろう。脚にはいくつか傷跡が残っている。と、言っても血が出るほどではなかったけれど。
一体何とぶつかりかけたんだろう。
黒くて丸いなにか。でもまわりにそんなものは見当たらない。何かと見間違えたんだろうか。
「あーもう……最悪」
さっきまでいい気分だったのになあ。
ため息を落として自転車を起こして、どこも壊れていないかを確認してから河原に降ろしてスタンドを立てる。その近くにカバンを降ろして一緒に渡しもごろりと寝転がった。元々休むつもりだったし、体中が痛むし、暫くおとなしくしておこう。
空に向かって再び真っ白い息を吐き出す。
「ぼくに一言も謝らないなんて、本当に人間は自分勝手だな」
ぼんやり空を仰いでいると、すぐ近くから妙な声が聞こえてきた。子供のような舌足らずなしゃべりかた。
も、もしかして子供とぶつかりかけた!?
「ご、ごめ……!」
がばっと体を起こして慌てて謝る、けれど、人の姿は見当たらない。
変わり、と言ってはなんだけれど……目の前に一匹の黒猫がちょこんと座って私をガラス玉みたいにきれいな瞳で見つめていた。
まるで、話しかけてきたのがこの黒猫みたいだ。なんて、そんなわけあるはずがない。わかっているのに、なんでだろう。この黒猫から目をそらすことが出来ない。
「え、え……と」
「そんなにぼくの顔をじろじろ見るなよ、無礼だな」
いや、きみも見てきたじゃない。というか。
べろりと口の周りを舐めて大きな欠伸をする姿は紛れもなく猫で、猫が話すわけがない、というのは私だって知っている。
でも。周りには誰もいない。私と、この、黒猫だけだ。
つまり、やっぱり、この黒猫が、話している? いや、まさか!