「取り敢えず、俺ハラ減ったんだけど」
無言で歩いていると、壱くんがいつもより大きな声を発した。
壱くんに言われたことや、黒猫の言ったことを、ずっとぼんやりと考えていてお昼をすっかりわすれていたことを思い出す。そういえばさっき小学校の近くを通った時点でお昼は過ぎていたはずだ。
「そう、だね」
あれからどのくらい時間がたったのだろう。いつもの癖でスマホを取り出そうとしてから、電源を落としていることを思い出して「今何時?」と壱くんに聞いた。
「二時前。もう限界」
「ご、ごめん」
謝罪の言葉に、彼が一瞬眉をひそめた。
一瞬またなにか嫌なことを言われるのかと身構えたけれど、呆れたように息をゆっくり吐き出して、また前を向く。
な、なんなんだろう。
今までさんざん思ったことを口にしてきた彼だからこそ余計に、何かを思っているはずなのに黙ったまま、なんて逆に怖いんだけれど。
気に入らない事があるなのなら言ってもらったほうが楽だとさえ思う。嫌は嫌だけど、絶対なにか思ってるもの。
でも、なんでこんなに気にしてしまうんだろう。
今までだってこんなことはたくさんあった。今までなら気にしながらも気にしないふりをして笑っていられた。
立ち止まってしまうと脚が動かなくなる。私を追い越して歩く黒猫が、しなりしなりとまっすぐに進んでいくのが見える。自分の行く先がどこにつながっているのか、この猫は気にしたことなんかないだろう。
猫が私を振り返る。同時に、壱くんも。
「なに?」
それは、私の台詞だ。
彼の言葉に、喉がぎゅっと詰まって痛んだ。
「な、んでもない」
結局、口にできるのはいつものような言葉。自分の思いをどうやれば言葉にできるのかわからなくて、諦めてしまった。少しでも発しようとすれば、理由の分からない涙が出てきてしまいそうだから。
言いたいことあるなら言って、なんて口にしたって、彼が話してくれるかもわからないし、話したってまたモヤモヤしてしまいそうだし。
——『にんげんは、理由を見つけたがるんだな』
黒猫の、さっきの台詞が脳裏を過る。
だって、理由ってなんにでもあるものだもの、仕方ないじゃない。