ボールって、あんなふうに曲がるんだ。


「だから、サッカーやめたの?」


 そんなにも、きれいに蹴ることができるのに。

 サッカーのことなんてなにも知らない私だけれど、それでも、彼のボールを操る姿は踊るようになめらかで、きれいだと思った。そう思ったら、いらだちよりも、もったいない気持ちが胸に広がって、思わず聞いてしまった。

 私の声は、聞こえただろうか。

 ネットに当ってコロコロと転がるボールにじゃれつく黒猫を壱くんは見つめていた。

「そんなに、上手いのに」
「これでプロになって、日本代表とかになれるっていうなら、意地でも続けたかもな」


 意地でも?

 二度目の言葉に間髪入れずに彼が答える。けれど、内容はさっきと同じようなもので、それが、彼にとっては全てなんだと思った。

 確かに、頑張ってプロになる人なんてほんの一握りだろうし、プロになったって日本代表になる人はそのまた一握り。W杯で盛り上がる時期に先発メンバーのニュースをテレビで見たことがある。

 ひゅうっと風がグラウンドに吹き抜けて、私の髪の毛を乱した。

 髪の毛を抑えながら壱くんの後ろを見つめていると、振り返って「立ってるのしんどくねえ?」と言いながらベンチの方に向かっていく。

 水色の、安っぽいベンチは、ずっと野ざらしにされているせいかところどころヒビが入っていて、彼が座るとギシ、と怪しい音を立てた。私も恐る恐るそのベンチに座る。

 そばにある大きな木がちょうどベンチに影を作っていて、温度がぐっと下がった気がした。


「もったいないね……」
「なにが?」
「サッカー上手いのに、無駄だからってやらないのが」


 私が彼ほどボールを操れたら、多分頑張っただろうなと思う。彼の言うようにプロになれないかもしれない。それでも、私だったら、続けたような気がする。


「頑張ったら、プロになれるかもしれないのに」
「ふは、小学生じゃあるまいしなに言ってんのお前」


 無理だよ、と言葉を何度か付け足されるほど否定された。

 でも、そんなのわからないじゃない、と口にしたって彼は全く聞き入れないだろう。そのくらい、信じてないのがわかる。


「お前は、そのバレー、もうやってねえんだろ?」
「……うん」


 彼がなにを言いたいのか、わかっている。

 彼にもったいないと言いながら、僅かな可能性を口にしながら、自分は続けていないのだから。お前も結局無駄だからやめたんだろ、と思っているんだろう。

 そう言われると、確かに、その通りだ。

 頑張っていたけれど、全くもって見込みのない自分の運動音痴の加減に諦めて、高校では帰宅部を選んだのだ。そこに未練もなければ後悔だってない。勉強をする時間を確保できたんだとさえ思っている。

 私が察したことに壱くんも気づいたのだろう。それ以上はなにも言わなかった。