前を走る壱くんはいつのまにか途中で自転車を降りていて、私と猫を待っているのか、疲れたから休んでいるだけなのか、そばのコンクリートの壁にもたれかかってスマホをいじっていた。

 頑固だったら、彼に、私は出会ってから数時間に飲み込んだ幾つもの言葉を口にできていただろう。

 自己主張ができない私は、猫のいうように面倒くさいのは確かかもしれない。私の思う面倒くさいと、猫の思う面倒くさいがイコールかどうかは定かではないけれど。

 黒猫とふわふわした意味があるのかないのかわからない会話をしながら登り続けて、やっと壱くんの待つ場所にたどり着いた。彼は私を確認すると、そのまま自転車を引いて歩き始める。

 私に合わせてくれているのかな。


「あの、ごめんね」
「んー」


 謝っても、いまいち反応が悪い。

 ひとりだったら、気を使うこともなく、こんなに居心地の悪い状態で過ごすこともないのになあ、なんて思ってしまう。

 殆ど彼の後ろをついていってるだけの私が、ひとりきりでここまでスムーズに来れるはずはなかったから、彼が一緒で助かっているのに。


 前だけを見てずんずん進んでいく壱くんは、自転車を降りても私よりも早かった。坂道はまだもう暫く続いていて、これが逆なら気持ちいいのになあと思いながら、必死に脚を動かし、腕に力を入れて自転車を押し続けた。


 途中で右に入ると、すぐにキーンコーン、とチャイムが響く。
 その瞬間、黒猫がしっぽをびくんと動かして、身体の体勢を変えないまま目だけをぱっちり見開いて音の聞こえた方向を見つめた。

 視線の先には学校が見える。ちょうど校舎の真ん中の壁に取り付けられている大きな時計が目に入った。一時ちょっと前だ。


「お昼、の、チャイム、かな」


 声を発すると、思った以上に息が切れていてうまく喋れない。本当に体力がない。


「あー五時間目の始まりじゃねえか? あー腹減ったな」
「そう、だね」


 もうそんな時間なのか、と思うと、私もお腹が空いてくる。

 壱くんはさっきコンビニで色々買って食べていたけれど、もう食べられるんだ。男の子ってすごいなあ。そういえば、クラスの男の子も学校に来てからパンを食べて、お昼ごはんを食べて、放課後部活前にもなにか食べていたっけ。

 体育会系の部活の男の子はほとんどそんな感じだった。壱くんももしかすると、なにか部活をやっていたのかもしれない。

 チャイムが聞こえて間もないのに、子どもたちの大きな声が、少し離れた私たちの場所まで聞こえてきた。やたら大きく高い声の様子からすると小学校のようだ。


 坂道はまだ続く。いつになったら終わるんだろう。

 さっきまで寒かったはずなのに、こうして自転車を押しているだけで身体が暑くなってきて、汗ばんでくる。吐き出す息にも熱がこもっているのがわかる。

 大分緩やかになったとはいえ、まだ自転車に乗ることができないまま、息を大きく吸い込んでは吐き出して、せめて壱くんにこれ以上迷惑をかけないように務めた。

 私がこんなに必死に登っているのに、かごの中でのんびりしている黒猫を見ていると、心底羨ましくなってくる。

 それが叶わないならせめて小学生とかになりたい。

 私だって、あの頃だったら今ほど悩んで毎日を過ごしていなかった。毎日友達と一緒に過ごしていて、笑い合っていた。