「必死じゃん、あんた」


 壱くんが少し間を開けてから、つぶやいた。


「すげえ必死だろ、なんかわかんねーけど。俺にも猫にも」
「……そう、かな」


 ゆっくりと顔を上げて、壱くんと視線を交わす。彼の表情はやっぱりなんの感情も読み取れない。ただ、思ったことを口にしている。


「必死で人に合わせて、疲れねえの?」


 私は、それになんて返せばいいのかわからなかった。でも、彼はそんなの求めてないかのように言葉を続ける。


「なんでそんなに頑張ってんの?」


 なんでか、なんてわからない。でも、そうしなくちゃいけないような気がするから。私には、それしかできないから。なにもできないから、頑張らなくちゃいけないんだ、と思う。


「無意味なのに」


 その言葉は、私の全てを否定されたみたいに感じた。

 無意味、なんだろうか。私のしてきたこと、やってきたこと全てに、意味はないんだろうか。

 こんなに頑張ってきたのに?
 こんなに、一生懸命してきたのに?
 なにを? わかんないけど。

 わからないけれど、その言葉が、今までの私を全否定するものだというのはわかる。

 返す言葉が見当たらない。だけど受けたショックを露わにして彼を見つめていた。彼の表情はずっと、なにも、変わらなかった。なにひとつ変えることなく私から視線を外して、なにも言わずに自転車を漕いで進みだした。

 私の前かごからは、ガラス玉の瞳が向けられている。


「……頑張って、って、言って」


 よくわからないけれど、そう言ってほしいと思った。その言葉があれば、前を向けるような気がした。


「頑張りたいの?」


 黒猫は、私を見上げたまま、瞬きもしないで見つめる。

 自由な猫だからといって、適当なことは口にしない。変に真面目で融通が利かないのが猫なのかと思った。だけど、それだけ、他のものに左右されない意志を持っているということなのかもしれない。

 猫みたいに、なれたらいいのに。強く、しなやかで、自由で、気高い、この黒猫のように。


「……頑張りたく、ない」


 私はこんなにも、弱くて、脆い。
 なんで、したくもないことをしようとしているんだろう。


「じゃあ、頑張らなかったらいいじゃないか」
「ホントだね……」


 曖昧な笑顔を作って答えた。

 前を見ると、壱くんの背中が見える。どんどん小さくなっていくその姿を見て、やっと地面を蹴って追いかけた。