いつもこう。いつも、何かを言えずに耐えている自分。そんなことすら忘れてしまっていたんだと気づく。なにに耐えていたのかわからないけれど、きっと、同じようなことがあったんだろう。
忘れても、変わらないんだ、私は。忘れても、同じようなことを思うのなら、忘れるって一体なんなんだろう。
移り変わっていく景色と、まっすぐに前を見る壱くんの後ろ姿を見て、はあ、と小さくため息を落とした。このため息に込められた憂鬱さはなにが原因なのか、わからない。
数分走らせていると、さっきまでの細い道ではなくなって、徐々に住宅街に変わっていった。
一軒家が立ち並んでいて、どこかの家から掃除機の音がしたり、子供のはしゃぐ声が聞こえたりする。たまに子供連れのおばさんとすれ違ったりして、その度に私は視線を落として目を合わせないように務めた。
もう私の家から大分離れただろうと思うのに、やっぱり誰かに見られることには不安を感じてしまう。
今更バレたところで何も変わらないのに。
学校にだって家にだって休んでいることは知られている時間だ。だからこそ、携帯の電源は未だに入れられない。
お母さんは、電話をかけているんだろうか。
もしも、私が電話に出たらなんて言うだろう。怒るんだろうか。それとも、心配するんだろうか。
そんなことを考えていると、また目の前からひとりのおばさんが歩いてきた。買い物に行く途中なのか、コートだけを羽織ったラフな格好をしている。反射的に目をそらすものの、じろじろと見られているような気がして動悸が激しくなった。
おばさんが私の横を通りぎて、しばらくしてから、ほっと胸をなでおろす。
できるなら、もう誰とも出会いたくない。人なんて見当たらない道ばかりを走りたい。そんなこと不可能だろうけれど、取り敢えずさっさとこの住宅街を抜け出したい。
「お前、初めてだからってビクビクしすぎじゃねえ?」
「……だって」
前を走っていた壱くんがいつの間にか近くにいた。
「堂々としてりゃいいんだよ。おどおどしてると余計怪しいって」
「なんだか、学校とか警察とかに通報されるんじゃないか、とか考えちゃって……」
「んなことねーよ。都会じゃあるまいし。河原でずーっと寝てても誰も声なんかかけてこないしな」
そういうもんなのか。
納得しながら、壱くんはよく学校をサボっているんだろうと思った。朝会った時も既に学校は始まっていたし、あっさり私の小旅行についてきたし。河原で寝て今日も過ごすつもりだったんだろう。