「その顔はなんかぼくをばかにしてるだろう? 失敬だなきみは」と不満気に鼻を鳴らしてソッポを向く。
「そ、そんなことは。しんどいのにいいのかなって思っただけで」
思っていたことがバレていたらしく慌てて否定すると、ちらりと私をの方に再び視線を向けて首を傾げた。
「しんどいかと言われればしんどいと言うのは当たり前だろう? だけど行きたくないとは言った覚えはないけど、なんでそんなことを思うのか意味がわからない」
確かに、そうだけど。
猫は言いたいことを言ってから「いいから早く」と私を急かした。猫を断る理由もないし、行きたいのなら止める必要もない。なにも言わずに抱きかかえて前かごに入れると、すぐに腰を降ろして前を向く。
「猫の召使いみたいだなあ、お前」
「そ、そんなこと……」
「なに言われても文句も言わずに言いなりって召使いみてえじゃん。あ、これやるよ」
ケラケラと笑いながら差し出されたタオル。水色と白のボーダーのスポーツタオルの意味することがわからない上に、召使という言葉も引っかかって口を噤んだまま彼を見上げると「猫に」と言われた。
「あいつにやるよ。いらねえやつだし」
「う、うん……」
なんだか、もやもやする。
タオルを受け取ると、彼は何事もなかったかのようにポケットから携帯を取り出して、メールをしているのかネットを見ているのか、なにかを始める。
さっきと同じだ。
言いたいことを一方的に言って、私がそれにどう思うかなんてどうでもいいかのように話を終わらせる。私の言葉も気持ちも、彼にとってはいらないものかのように、思ったことを口にするだけ。
受け取ったタオルをぎゅっと握り締めて唇を噛んだ。
……召使いってなに? なんで、そんなことを言うんだろう。そんな言い方ってないんじゃない? もっと、他の言い方もあるんじゃないの?
悔しい。なにが一番悔しいって、彼になにも言えずにこうしてただ、歯を食いしばっていることしか出来ない自分が、悔しい。
私は、いつもこうなんだ。
「どうかしたのか?」
「っえ? あ、ううん」
何かを思い出しそうになった瞬間、かごの中の黒猫に呼びかけられて、はっとする。握りつぶしてしまったタオルを広げて「下に敷く? 上からかぶる?」と笑ってみせた。
「きみは歪な顔をするな」
「……失礼なこと、言わないでよ」
乾いた笑いを力なく向けると、猫はすっくと立ち上がりくるくるとかごの中で回る。恐らく下に敷いたほうがいいのだろうと思って、壱くんから受け取ったタオルを半分に折って教科書の上に広げた。猫は満足そうにそこに横たわる。
壱くんは、私が自転車にまたがったことを確認してからペダルを漕ぎ始めた。それを追いかけるように私も走らせる。
私は、さっき、なにを思い出しかけたんだろう。