彼はズズズ、と紙パックのジュースを飲み干してから、べしゃりとそれを潰す。私の手元にあるココアはまだ半分以上残っていて、既に温さはなくなってしまった。

 隣からの視線を感じて顔を上げると、彼が私を見てかすかに笑った。


「お前は、何かとめんどくさそうだよな」
「めんど、くさい?」
「いろいろ気にしすぎじゃねえの? そんなもん気にしたって無意味だっていうのに」


 無意味、という言葉がナイフのように私の胸に突き刺さった。彼の表情からはなにも感情が読みとれない。すべてに興味がないとも見えるし、諦めているようにも見えた。

 無意味、か。

 小さな言葉でつぶやいて、飲む気になれないココアの缶を見つめながら苦笑がこぼした。なんだか、私自身のことを無意味だと、そういわれたような気分になってくる。突き刺さったままのナイフは、抜けないまま。痛むけれど血が吹き出すこともない。痛みだけを私に与えて、私の体力を奪っていく。

 今までの私が、死んでいく。


「行くか、そろそろ」


 すっくと立ち上がって彼が告げた。いつの間にか黒猫は私の隣でとてもリラックスしたようすで寝転がっていた。ぜんぜん気がつかなかった。

 立ち上がった壱くんに目を向けてから、私をみる。様子を探っているかのように何もいわずにしっぽだけを動かしていた。なんて気楽そうな態度なんだろう。毎日なにを考えて過ごしているんだろう。

 動く様子のない猫を見つめていると、がしゃんと自転車のスタンドを戻す音が聞こえて慌てて立ち上がった。残ったココアも飲み干して、ビニール袋に再び戻しながら自転車に向かうと、黒猫も後ろから着いてきて「もう行くのかあー」とけだるそうな声をかけてきた。


「しんどい?」
「そりゃしんどいさ」


 のろのろと歩く黒猫に声をかけると、当然と言いたげな態度ですぐに答える。しんどいと言われても、正直言えば私のかごの中にいるだけなのでこれ以上どうしようもない。

 疲れているなら無理に連れ回すのも悪いかなあ。ここで別れたほうがいいのかもしれない。


「ほら、早く入れてくれよ」
「……行くの?」


 私の心配をよそに、黒猫が私の自転車の下で上を見上げながら「早く」「ほら」と何度も叫ぶ。


「しんどいんじゃないの?」


 そのはずなのに、行くつもりは満々だ。

 私の言葉に、猫は軽く首を傾げる。自分でしんどいって言っていたのに、もう忘れたんだろうか。猫って記憶力あんまりよくないのかな。

 私の顔を見て猫が少しだけ顔を歪めた。