無意識に下唇を噛んでいたらしい。

 軽く舌でなめとると、鉄の味が口の中に広がる。同時にちくりと痛みが走った。

 壱くんはもう前を向いていて、自転車を気持ちよさそうに走らせている。栗色の髪の毛が風になびいている。ダークグレーのコートだけでマフラーも身に着けていないのに、寒そうに見えないのはどうしてだろう。

 自由そうな雰囲気が、そう見えるのかもしれない。

 横を見れば、まだ川が続いていて、周りには大きな建物もない。空がとても広く見える。風が少し強くなったのか、雲の動きが速い。人も車も滅多に通らない川沿いは、静かだ。平日の午前中にこんな場所を走っているんだと思うと、不思議な気持ちになるけれど、それが特別にも感じる。


「お前、腹減らねえ?」


 壱くんが前を向いたままそう言って「コンビニあるから行っていい?」と見えないのに知っているかのように口にする。


「あ、うん」


 壱くんに私の返事が聞こえたのかはよくわからなかったけれど、彼は自転車のハンドルを切って途中の道を右に曲がる。まるで、通い慣れた道のように、スイスイと突き進む。私はその後を追いかけるだけ。

 もしかして、この辺に住んでいる、とかなのかもしれない。自転車通学しているなら、このあたりから来ている子もいるだろう。ここの住所はよくわからないけれど。

 お腹は特に空いてないけれど、せっかく行くならなんか買おうかな。

 彼についていくと、コンビニの看板が見えてきて、やっぱり知っている場所なんだろうなと思った。広い道沿いではあったけれど、あまり車の通りも多くない。誰かに見られるのはやっぱり嫌だけれど、ひとりじゃないし、まだマシだ。

 無駄に広い駐車場を突っ切って、駐輪場所にふたり自転車を並べる。黒猫に「待ってて」と声をかけて中に入った。

 店員さんの顔を見ないようにすぐに奥の冷蔵庫まで行って、ペットボトルのミルクティーを手にとった。でも、今すぐ飲むのに温かいのもほしいかな。

 あと、猫にご飯も買わなくちゃ。野良猫だし、お腹空いているかもしれない。

 キャットフードが並んでいる場所を見つけて、見覚えのある缶をとりあえず三つ手にする。でも、このまま食べさせるわけにもいかないし、お皿もいるかも。それに水だって飲みたいかもしれない。

 紙皿や小さなミネラルウォーター、そして自分の飲み物を両腕に抱えてレジに向かう。すでに壱くんが会計をしていた。

 壱くんが買ったのは自分のお弁当と、飲み物と、チョコレート。そして最後に肉まん。相当お腹が空いていたらしい。