「きみは変わってないなぁ!いや、美人になったかな?」


それから、肩を叩いていた手をぬるりと首筋に移動させてきた。
朝のエレベーター前で昔の上司にこんな触れられ方をされると思わず、私はおおいにおののく。


「いくつになったんだっけ?」


「さ……さんじゅう……です」


「へええ、女は30代からがいいよね。熟れてくるっていうかさ。俺は好きだなぁ」


勤めているときからこの部長のセクハラは有名だった。
だけど、当時若く色気も素っ気もないほど地味だった私は、彼のお目がねに叶わなかったようで、こんなあからさまなことはされなかった。


「……今日は、来季にうちに回してくれる社員のことでご相談にあがったんだけどね。九重さん、本当に綺麗になったよ。色っぽくなった。来季はまた九重さんを指名しようかな」


気持ち悪く、耳朶に触れてくる指を振り払いたいけれど、そんなことをしたら自意識過剰みたいだ。30にもなって、セクハラもあしらえないなんて格好悪い。