社内はどことなく明るいムードだった。
未來さんの結婚式は半月後に迫り、彼女に絶対的な信頼をおく部下たちは、みな一様に彼女の幸せを願っていた。

そして、未來さん本人も幸せな微笑みを絶やさない。花嫁というのは幸福で美しい。それを体現しているのが未來さんだ。
仕事はいつも通りなのに、職場の雰囲気が華やいでいる。

それは、嬉しいと同時に深い絶望を私に与えていた。

未來さんへの想いを早く断ち切らなくてはならない。彼女は結婚する。いつまでも私が未練がましく見つめていちゃいけない。


『劣情』


葦原くんはそう言った。恋なんて劣情だ。

劣情を抱かないなら、あなたの気持ちは恋ですらない。

そんなことはないと思う。
だってこんなに痛い。
未來さんが夫になる人に、私には見せない笑顔を向けることが、我慢ならないほど苦しい。

性愛だけを愛とするなら、そんなのは悲しいことだ。とは言っても、未來さんが初恋である私に大きなことを言える資格はないのかな。

葦原くんの定義は、私には当てはまらないだろう。それだけのこと。