結局食事はほとんどできなかった。
ブラックの缶コーヒーだけ買い、外出する葦原くんとは別々にオフィスに戻ると、同期の与野が帰社していた。


「よ、朝はすまん。九重、おまえ顔色悪いぞー」


私の顔を覗き込んで言う人の好さそうな与野の笑顔。

一瞬考える。
与野に相談しようか。

与野はガタイがいい。大学時代は何がしかの武道をやっていたとも聞いている。

私が葦原くんに脅されていると知ったら、その腕っ節で葦原くんから助けてくれるかもしれない。

しかしすぐに思い直した。

入社以来、一度だってプライベートの話をしたことがない私が、いきなりヘビーな相談してきたら、胡散臭いことこの上ないんじゃなかろうか。
与野は昨年結婚したばかりだ。誰とも親密な関係にない私が近付いて変な噂を立てるのも悪い。

私も『与野くんを100パーセント信頼しています!』とは言えない。
一番隠したい未來さんへの想いが、何かの弾みで白日の下に晒されることだって、ゼロではない。