さらに悲しいことに、未來さんは何の気なしに私の身体を引き寄せて言うのだ。


「沙都子は私のもんだぞー。欲しかったら私を倒していけー」


やめて。
冗談でもやめて。

あなたの言葉に一喜一憂して、現実を思い出して死にそうになる。
5年間繰り返された同性のじゃれあいが、私の心を削る。

葦原くんが苦笑いで答えた。


「あはは、九重さん、好きな人がいるみたいだから、今は手出しできないですねー」


「え？そうなの？沙都子、私聞いてないわよ？」


私より少しだけ背の高い未來さんが至近距離で覗き込んでくる。ヘッドロック状態の近さは本当に切ない。
私は慌ててごまかした。


「葦原くんの勘違いですよ。そんな人いません」


好きな人を前に、あなたなんか好きじゃないと必死でアピールする私って馬鹿だ。


未來さんが納得したかはわからない。
私は彼女の腕をすり抜け、デスクに戻った。

何事もなかったかのように、私の後ろを通り抜ける葦原くんが、ぴたりと足を止める。


「土曜は先に帰っちゃうんだもんなあ」