吐息のようにささやかに。

私は驚いて彼を見つめる。
葦原くんは両腕で瞳を隠し、突き上げる苦痛に耐えるように言った。


「逃げて、沙都子さん。俺から逃げて。全力で走って。振り向かないで」


「葦原くん……?」


「わかってるよ。俺の頭がおかしいのなんて。人をめちゃくちゃにしないといられないなんて、狂ってる。もう俺自身にも止められない。だけど……!」


葦原くんは身体を起こし、私の両肩をぐっとつかむ。
間近で見る美しい瞳は、涙で切なく揺れていた。


「俺、これ以上愛した人から搾取したくない。あなたの人生を奪い尽くしたくない」


絞り出すように叫ばれた言葉は、彼の最初で最後の愛の告白だった。

葦原五弦は、私を愛していたのだ。

私と同じように、確かに想ってくれていたのだ。


「だから、逃げて。俺の前からいなくなって。そばにいたら、俺はあなたを征服したくなる。あなたを苦しめたくてどうしようもなくなる」


私の両肩から手が滑り落ちる。
葦原くんはそのまま拳を握り、うなだれた。