昼間から感じていた吐き気がいっそう強く感じられた。
彼の思想に胸が悪くなる。

歪みなんて言葉では足りない。
葦原五弦は狂っている。


「それなら、私のことも捨てて。あなたの居心地をよくはできない」


気づけばつぶやいていた。

あれほど彼を失うことに恐怖していた私が、今、彼を拒否する。


「駄目ですよ。沙都子さんは俺が飽きない限り、大事なおもちゃですから」


葦原くんは平然と答えた。
私はつかつかと歩み寄り、渾身の力を込めて、彼の頬を張った。

ぴしゃりという乾いた音は、夜の空気をわずかに震わせ消えた。


「私はおもちゃじゃない。人間よ。あなたと同じ人間よ。踏まれれば痛いし、切られれば血が出る。あなたの願いは存在しちゃいけない。あなたの狂った欲望に折り合いがつけられないなら、あなたこそこの世界からいなくなるべきだわ」


誰かを傷つけなければ生きていけない。
そんな彼の欲求は、どこにも存在していてはいけないのだ。

私の存在は時に彼を増長させ、時に彼を戒めてきた。

トータルで見れば、私が傍らに存在することが、どの解決にも進めなくしている。

離れよう、勇気を出して。葦原五弦の元を去ろう。
それが全身を散り散りに弾き飛ばされるより苦しいことだとしても。