「冗談でしょう?」


私は葦原くんの手を振り払い、顎を元の位置に戻した。

なぜ?なぜ私なんだろう。

この会社に入社して8年。
悪いけれど、誰かと恋仲になったことも噂にもなったこともない。
そもそも、誰かを好きになる感覚がいまいちわからなかった。
たぶん……未來さんが初恋。

昔から、目立たない女子だった。スクールカーストでいえば最下層。友人は一様におとなしく地味で、男子と喋る機会なんてない。

それで満足していた。
誰かに注目をされたくもないし、異性と深い関係を築くことも興味がない。
夢中になれることはない。自分が生きていることすら、たいして意味があるとも思えない。

社会に出てからも、スタンスは変わらない。毎日平穏無事に生きられればいい。
浮つかない、代わりに、誰からも見咎められない。

無気力の塊。
それが私・九重沙都子だった。


「葦原くん、何もそんな要求でなくでもいいでしょう?とても女の子に不自由しているようには見えないもの」