玄関にカギが差し込まれる音が聞こえる。
23時半、葦原くんが帰ってきた。

今日は取引先の担当者と飲むと言っていたので、夕食は用意していない。


「おかえり」


私が顔をあげると、葦原くんは珍しく赤い頬に酔眼で私を見下ろしている。


「今日はクソヤローの兄貴につけられませんでしたか?」


「大丈夫よ」


答えながら、葦原くんが甘い恋人ではなく、支配者のモードに傾いていることを悟る。


「あなたは間抜けで隙があるから、心配ですよ」


ここで言い返しても仕方ない。媚びるのは論外だ。
彼の中の嗜虐心が収まるまで、私は黙っていればいい。


「ねえ、俺以外の男に抱かれたら、大変ですからね。あなたを殺すか、破滅させるか、どんな手に出るか俺にもわかりません」


葦原くんは普段より乱暴な足取りで私に近づくと、私の顎を人差し指で持ち上げた。


「本当にイラつく顔だ。俺のことは何でもお見通しっていう、その眼。めちゃくちゃにしてしまいたい」


「葦原くんのことなんか何ひとつわからないよ」


答えると、葦原くんが私の耳朶に口づけた。
水音を響かせ、いやらしく舐め上げられ、背筋にぞくぞくとした快感が走る。