『沙都子、今どこだ?』


「えっと、帰り道」


『今日、仕事で学芸大学駅の近くに来てるんだ。これからおまえの部屋に寄っていいか?』


「え……、それはちょっと。掃除してないし。あと、まだ家についてないの」


必死に断りの言葉を探していると、肩をポンと叩かれた。
振り向いて戦慄した。

そこに兄が立っていたからだ。


「ちょうどよかったよ。ここで会えて。母さんのことで話がしたいと思ってたんだ」


私には全然ちょうどよくない偶然だった。

いや、偶然であるかも怪しい。

私は引きつった笑顔で、答える。


「兄さん、ごめんなさい。これから会社に戻るの。家には着替えに戻っただけだから」


「ほんの少しだからいいだろう?おまえの部屋までの往復で話そう」


「でも、シャワーとか着替えがあるから。時間かかるし」


なんとしても、密室でふたりきりにはなりたくなかった。

兄は苦笑いをして見せる。それが好印象だとわかってやっているのだ。


「おいおい、家族に対して冷たいな。おまえは昔から、少し気難しいところがあったもんな。わかった。嫌なら、部屋には入らないよ。外で待ってる」