しかし、葦原くんは去るどころか、私の隣にかがみ込み、私の背をさすり始めた。冷えないようにと温めているのだ。


「長いこと……誰かの手料理なんか食べたことないんです」


やがて葦原くんがポツンと言った。


「付き合う女にも作らせたことがないんです。なんか……怖いっていうか。相手の大事な部分を奪っているみたいで」


葦原くんは言葉を選んでいる。それは、私を丸め込みたいのではない。
自分の気持ちをきちんと説明しようとしているのだ。

私は顔をあげて、驚いた。
私を見つめる彼のイエローグリーンの瞳が思いのほか真摯な光を宿していたからだ。

彼は、今本音で話そうとしている。嘘で固めたって私には通じないから、本心を伝えようとしているんだ。


「食事は……生活に根差しているでしょう。それを、作る間柄っていうのは、けしてライトな関係じゃないし……沙都子さんがどうとかじゃなくて、どっちかというと俺の問題で……」


「ごめんなさい。もう、二度と作らないから」


「そうじゃなくて!」


葦原くんが強く言ってから、恥じるように顔をそむけた。