とにかく、すぐに片付けなければ。

私はキッチンに戻りフライパンを持ちあげる。
ショックのあまり手は震えた。シンクの三角コーナーに捨てようとすると、鋭い声で言われた。


「これ以上、何もするな!」


「は……い、……ごめんなさい」


私はフライパンをコンロに戻すと、ぶるぶる震える手をぎゅっと握りしめた。
葦原くんは室内の匂いが気になるのか、窓を開けている。

私は、これ以上彼の目に触れないよう、部屋の隅に置いてあった通勤鞄を素早くつかんだ。
そのまま短い廊下を進み、パンプスを引っ掛けただけで、外に飛び出す。

小走りでエレベーターホールに向かい、ちょうど上の階にいた一基が降りてくるなり乗り込む。

あ、コートを忘れてしまった。
気付いたけれど、もう戻る気はなかった。
オフホワイトのニットにスカートという軽装で、真冬の屋外を駅に向かって進みだす。

私は馬鹿だ。
大馬鹿者だ。

彼の言う通りだ。
私は葦原くんの奥さんじゃない。
恋人でもない。

『愛されたくなってしまいましたか?』


葦原くんの言葉が過る。死にそうに恥ずかしく、虚しくなった。

そうだ。私は期待していた。

彼の執着が愛へとかたちを変えることを。