「30年も俺の言うなりになっていたら、あなたの人生は台無しでしょうね。女性なら夢見る幸せな結婚も果たせない。我が子を抱くなんて夢も叶わない。でも、俺はそんなあなたを見たいんですよ。俺のために人生のすべてを投げ出すあなたを見たい」


私は結婚にも出産にも夢を抱いていない。
自分には縁遠いものだと思ってきたし、今でもそうだ。


「それはきみが思うほどの打撃じゃないよ。私は、不相応な夢は持ってない」


「本当に情けないほどに卑屈で矮小な人ですね。自己評価が恐ろしく低いくせに、立派に矜持があるんだからタチが悪い。自分をちっとも客観的に見られていないあなたが、俺のことを格別冷静に客観視しているかと思うと、心底苛立たしい気持ちですよ」


葦原くんは侮蔑の言葉を吐いてから、少しだけ考える素振りをした。

そして、からかうような口調で言った。


「そうだな。あなたが一番堪えるのは、死ぬまで俺のものでいることかな。結婚でもしてみましょうか」


心臓が跳ねた。

『結婚』。

そんな言葉に、ときめく心が自分にあったことに驚く。

だからこそ私は笑った。ひそやかに嘲るように。