「それはいいですね。では、電車ではなくてタクシーにしましょう。沙都子さんの部屋を回って、荷物を入れ替えて、それから俺の部屋でいいですか?コーヒーは近所に飲みにいきましょう」


葦原くんにはちゃんと伝わっていた。
これ以上、恥ずかしい言葉を重ねずに済んでほっとする。

そうと決まればといった様子で、葦原くんがつま先を元来た方向に向ける。
私も慌てて、彼の行動に倣う。


「明日の準備も持ってきたほうがいいですよ」


「うん、そうする」


この数時間後には、私たちはまた抱き合うのだろう。
陽の高いうちから、誰に遠慮することもなく。

もっと彼のものでいたい。所有されることの不自由より、孤独の痛々しさの方が今は耐え難いから。

少なくとも、この刹那、
彼ほど求めてくれ、彼ほど欲しいと思う人間はいないのだ。