あの夏の光の中で、君と出会えたから。【旧・あの花続編】

俺は必死で自分の考えを、気持ちを伝えたつもりだった。



でも、父さんと母さんの顔色はちっとも変わらない。




「好きなことだけやっていれば、それは楽しいかも知れないけどな。

そんな甘いことばっかり言っていても、現実は厳しいんだ。

やりたいことだけやっていても、生きてはいけないんだよ。

お前だって、もう中学生なんだから、それくらい分かるだろう?」




「そうよ、涼。

お父さんもお母さんもね、あなたのことが憎いから言ってるわけじゃないの。

あなたのためを思って言ってるのよ?」





ーーー『あなたのためを思って』。


ずるい言葉だ。



そんなふうに言われると………子どもは、何も言い返せない。




「…………分かったよ。

行けばいいんだろ?

でも、サッカーは絶対にやめないから」




諦めてそう言うと、母さんが嬉しそうに笑った。




「じゃあ、明日、さっそく塾に申し込んでおくわね」




俺は何も言わずに自分の部屋に戻った。











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あの空の彼方



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君が切なげに見つめる空



君はあの空の彼方に


一体なにを見ているんだろう




君のきれいな瞳に映るのは


一体どんな景色なのだろう













「おはよ」




駅で待っていた俺を見た瞬間、百合は驚いたように目を丸くした。




「どうしたの、涼………。

ひどい顔してる」



「いや、うん………。

昨日の夜、ちょっと、寝れなくて」




ここで、さらりと「今日のことが楽しみでさ」なんて言えたら格好もつくのに、俺はもごもごとそう言うことしかできなかった。




「寝れなかったって、どうして?」



「うん、ちょっと、親とケンカっていうか、ケンカにもならなかったけど………」



「え?」



「いろいろ言われちゃって、なんかへこんだっていうか、いろいろ考えてたら寝れなくて」




百合はじっと俺を見上げている。



俺はなんとか笑みを浮かべて、


「………とりあえず、中、入ろうか」


と言った。



百合は「あ、うん、そうだね」と答えて、鞄から財布を取り出した。





朝早い時間なので、電車は空いていた。


これから三時間、電車に揺られていく。




俺たちは無言のまま肩を並べて座り、向かいの窓に映る景色を眺めていた。




「…………嫌だったら、べつに、いいんだけど」




ふいに百合が口を開いた。




「よかったら、何があったか話して?

ええと、それで楽になるなら、だけど………話したくないなら、何も言わなくていいんだけど」




不器用ながら気をつかってくれているのだと分かり、俺はくすぐったい気持ちになる。




「いや、うん………聞いてくれるなら、すごく嬉しい」




俺はそう言って、ゆうべあったことを順番に話していった。




百合は何も言わずに、ただ窓の外を走り去る景色を見つめながら聞いていた。




「…………そっか。

そんなことがあったんだ………」




百合は少し目を細めて、やっぱり窓の外を見ている。



さっきの大きな駅でほとんどの人が降りてしまって、車両はがらがらだ。


一番奥の席に、大学生くらいの男の人が乗っているだけで、その人はイヤホンをつけて音楽を聴きながら寝入ってしまったようだった。




静かな車内に、がたん、ごとん、と電車の音だけが響いている。




「 ………それで、涼はなんて答えたの?」



「え……?」



「塾に行くように言われて、涼はなんて返したの?」



「………色々反論したんだけどさ、父さんも母さんも全然わかってくれなくて。

だから、最後は、もういいやってなって、分かった行くよ、って」




百合がふっと視線を俺に向けた。



その顔には、なんとも言えない複雑な色が浮かんでいる。




「…………なんで?」




百合が小さく呟く。




「なんで、そんなこと言ったの?

だって、涼は、サッカー選手になるんでしょ?

塾なんか行ってたら、練習する時間、どんどんなくなっちゃうよ?」




まるで自分の心を見透かされたような言葉で、俺は目を瞠った。




「本当にいいの? それで。

塾なんかより、受験勉強なんかより、今の涼にとって大事なことがあるんじゃないの?」




胸に深く突き刺さるような言葉。



あまりの痛みに、俺は思わず俯いた。




「………だって、しょうがないよ。

親の言うことだし、さ。


そりゃ、俺だって、勉強よりもサッカーの練習してたい。


でも、父さんが言いたいことの意味も、心配してくれてる気持ちも分かったし………。


だから、しょうがないかなって。

頑張って両立してくしかないよ」





言い訳するような口調になってしまった。



すると百合が、「………なに、それ」と低く呟くのが聞こえた。



俺はぱっと顔を上げて百合を見る。



百合がきつく唇を噛み締めていた。




「………しょうがない、って、なに?

なんでそんなこと言うの?」




強い眼差しが、容赦なく俺を射抜く。



俺は息を呑んで百合を見つめ返した。




「しょうがない、なんて、言い訳だよ。

そんな言い訳、しないでよ………。


涼はあんなにサッカー頑張ってるじゃん。

プロになるんでしょ?


それなのに、今、無理やり塾に行かされて、受験勉強に時間とられて、本当にいいの?

それでいいの?


いつか、後悔するんじゃないの?

あの時もっと練習しておけば、って……」




無口な百合が、こんなに一気に、まくしたてるように話すのを、初めて聞いた。




「夢を見られるのも、それを叶えるために必死になれるのも、すごく奇跡的なことなんだよ。

あたしたちは、今の日本に生まれたから、好きなことに熱中することができるんだよ。


昔の人たちは、戦時中に生きた人たちは、自分の夢も希望も全部諦めなくちゃいけなかった。

好きなこともやりたいことも何一つできなくて、ただ生き抜くことだけ考えるしかなかったの。


そして、そんな悲しくてつらい状況を、全部、『仕方ないことだから』って受け入れてたの。


食べ物がないことも、着る服がないことも………大事な人の命が失われることさえも」




百合は苦しげに眉根を寄せた。



俺は何も言えず、ただ百合の言葉に耳を傾けていた。




「………だから、あたしたちは。

平和な国に、平和な時代に生まれたあたしたちは、仕方ないなんて言っちゃだめなんだよ。


全てを諦めるしかなかったあの人たちの代わりに、あたしたちは何ひとつ、諦めたりしちゃだめなんだよ………」




そこまで言い終えると、百合は小さく息を吐き出した。



呼吸さえ忘れて、それくらい必死に、俺に言ってくれたんだ。



痛いくらいまっすぐな言葉。


俺も、それを、まっすぐに受け取らないと。




「………涼。だめだよ、諦めちゃ。

納得してもらえるまで、何度だって、自分の気持ち、伝えればいいんだよ。


涼が頑張ってることは、きっと、お父さんとお母さんが一番わかってくれてる。


だから、いつかきっと、分かってもらえるよ………」




俺は、うん、うん、と頷いた。




「そうだよな。

こんなことで諦めるなんて、バカだよな………。


俺、なに考えてたんだろう。

こんなにサッカーが好きなのに、なんで簡単に諦めたりしたんだろう。


今日、うち帰ったら、もう一回話すよ。

サッカーが終わったら、ちゃんと自分で勉強するからって言えば、分かってもらえるよな。


分かってもらえなかったら、ちゃんと結果だして見せつければいいんだもんな」