先輩はなにも言わなかった。なにも言わないで、ぽんぽん、と。優しい手つきで頭を撫でて、ただそこにいてくれた。
それだけで、乱れた呼吸がすうっと元に戻っていく。
「……あたし、数日後にS大の入試があるんですけど」
「おお、そうなのか。S大ってすげえな、こんなとこで油売ってていいのかよ?」
「勉強しなくても受かるし……でもだから、全然がんばれなくって」
「わはは、まーそうだろうけど。世の受験生がそんなの聞いたら刺されるかんなー、おまえ」
先輩の笑顔はどうしてこんなにあたたかいんだろう。やわらかいんだろう。
頭の上に乗せられたままの手を、自然に取って、気付けばぎゅっと握っていた。
「でも……そんな自分が本当はすごく嫌なんです。バスケっていう、必死になれるものがある燿が、本当はすごく羨ましいんだと思う。いちいち自分と比べては、お姉ちゃんなのに、あたしはこんなでいいのかなって。だから苛々して、嫉妬して、あいつに八つ当たりして。……そんなことしてもなんの意味もないのに」
「うん」
「そんなのあたし、すっごくかっこ悪いじゃないですか……」
握っていた大きな手が、今度はあたしの手をすっぽり包み込んだ。
「おまえは全然かっこ悪くなんかねーよ」
「う、うそだ……」
「はは、だからなんで嘘つかなきゃなんねーの」
ふと、先輩の目が少しだけ真剣になって。背の高い彼があたしの瞳を覗き込んでくるもんだから、胸の奥がぎゅうっと苦しくなる。
「……おまえは、全然、かっこ悪くねえよ」
先輩は同じ台詞を、もう一度、確かめるようにこぼした。