ふと、会場全体にぴんと緊張感が走った。どうやら試合が始まるらしい。
ぴりぴりした空気に隣で先輩が嬉しそうな顔をしたから、このひともまぎれもないバスケットマンなんだなあと改めて思った。
もちろん、ジャンプボールに燿が抜擢されるわけがない。チビだから。
それでもフットワークはとても軽いんだろう。チーム1長身の大河くんがバシッと弾いたそのボールを、あいつは軽やかにふわりと攫って、まるで身体の一部かのように操る。
「ほんとにあいつはガードになるために生まれてきたようなやつだな……」
先輩がぽつりと、ひとりごとのようにそうこぼした。
ガードとか。センターとか。フォワードとか。バスケにも色々とポジションがあることくらいなら知っているけれど、誰がどのポジションかなんて、あたしみたいな素人にはまるで分からない。
みんなでボールを追っているだけ。そしてチャンスがあればシュートを撃つ。あたしからしてみればただそれだけなのだけれど、バスケットボールというスポーツはそんな簡単なものじゃないらしい。
燿はコートの上を走っていた。ドリブルをしながら。かと思えば素早く的確なパスを出して、それをチームメイトが受け取り、シュートを決める。
30秒とかからず決まった先制点に、こっち側の客席が歓声を上げた。
「晶っ。燿くんすごいね!!」
「うん」
「まるでボールが生きてるみたい! やっぱりかっこいいよ、燿くん」
スウェットは毎朝だらしなくお尻まで下がっているし、寝起きの黒縁めがねの顔はひどい。遅くに帰ってきたかと思えば腹を出したままソファで熟睡かましたり。それに醤油中毒だし。
そんな弟をかっこいいと思う瞬間がくるなんて、一生ないと思っていた。



