ココアの入ったマグカップを持ったまま洗面所に行くと、燿はあたしを見下ろして口をへの字に曲げた。
「あーわり、あったわ」
「は?」
「違うとこに置いてたから分かんなかった」
「なにそれ……。あたしの10歩を返せ」
「デブにはちょうどいい運動になったろ」
「マジで殺す」
鏡越しに呪怨の念を送ってやる。ついでに呪詛も唱えてやる。黒魔術も覚えてやる。最初の犠牲者はおまえだ。
それなのに燿はちょっと声を殺して笑って、「悪かったよ」なんて言うんだ。
「そんなだからあんたはチビのまんまなんだよ」
「うるせえな。おまえよりでけえだろ。つーかチビじゃねえし。172だし」
「はっ、あんたみたいのがバスケ部のエースなんて、うちのバスケ部も大したことないねえ」
「ばーか、俺の実力だっつの」
言いながら、寝起きのもさい弟が、鏡のなかでどんどんイケメン風な男子高生に変わっていくのを見て、感心した。あくまでイケメン風、だけど。
猫っ毛な黒髪をちょっとふわふわさせるとか、制服を少し着崩すとか、どこで覚えてくるんだろう。