「……でも、ほんとにさ。あいつ拗ねてたからさ」
そうこぼした先輩の声が、ちょっと困ったような響きに変わった。
「そりゃ、自分の姉ちゃんがあんなかわいいカッコしてりゃ、年頃の男なんつーもんは焦って当然だって。噛みついたのはあいつなりの愛情表現だから、分かってやって」
公害という一言が愛情表現だというのですか。そんな馬鹿な。そんな話は聞いたことがない。
それでも、先輩があまりにも真剣に話すから、それ以上はなにも言えなくて。
面倒でむかつく弟の代わりに、こうやって言い訳をしてくれるひとがいる。あいつはクソガキ極まりないけれど、周りの人間には恵まれているんだなあと、ちょっと感動すらした。
いい先輩に恵まれた。
だけど、それはきっと、あたしも同じだ。
「……それを、伝えるために」
「ん?」
「それを伝えるためだけに、1時間も待っててくれたんですか……?」
思えば、水谷先輩というひとはいつもそうだった。
バスケが上手で、優しくて、かっこよくって。
だけど燿が彼に懐いているのって、たぶんそれだけじゃない。
あたし以上に、燿を弟だと思ってくれている。かわいがって、世話を焼いて、たくさん笑ってくれる。
世界中のあったかさをぎゅっと集めたようなひとだから、こんなに先輩が大好きなんだ。燿も、……あたしも。
「ちげーよ。俺はただかわいいメイドさんをナンパしに来ただけ」
ほら、そうやって、またずるい顔をする。