満腹になるまでお肉を食べて、シメにはクッパを食べた。
いかなるお会計でも先輩は絶対にお財布を出させてくれない。お互い学生だし、たまには出したいと思うのだけど。黙って奢られていてほしいと言われるから、それはもう黙るしかない。
「ほんとは帰したくねえけど、そんなことしようもんなら燿にぶっ飛ばされるから、きょうは我慢する」
「あ、酔っ払いがいる」
「酔ってねえよ」
先輩は酔うととてもかわいい。綾さんの披露宴の二次会でも相当飲んで、姉ちゃんが嫁に行くのは淋しいと本音をこぼしたこのひとは、本当にかわいかった。
「でもほんとさ、夏休み、ふたりでどっか行こうか」
「えっ! 行きたい!」
「ゆっくりしてえなー。温泉とか行きたいよ、俺」
「いやいや、おじいちゃんかよ」
「おじいちゃんだよ」
本当は学生らしくネズミの国にでも行きたいところなんだけど、それはそれで目まぐるしいスケジュールになる気がするし、温泉もなかなかいいかもしれない。きっと先輩とならどこに行ったって楽しいし、幸せなんだろう。
どこに行こうかと会議をしている途中で、うちに到着してしまった。数か月ぶりの実家だ。旅行のことはまた話し合いましょうということになった。
「送ってくれてありがとうございました。気を付けて帰ってね、酔っ払いなんだから」
「だからそんなに酔ってねえって」
笑ってそう言いながら、優しくくちびるが重なった。数秒のそれのあと、アルコールの匂いが鼻のなかに広がった。
「……やっぱりお酒くさいっすよ、先輩」
「んー、気のせい」
やっぱり酔っている。でも、いつも完璧にかっこいいだけよりも、こんなふうにかわいい一面を見せてくれるたびに、もっと好きになる。
「じゃ、おやすみ。燿によろしく」
「はーい。おやすみなさい」
楽しみだな、温泉旅行。東京では見ることのできない星空を見上げて、今年の夏に期待を膨らませた。