母さんが着替えてこいとうるさいので、とりあえず顔を洗い、部活のジャージを着込んだ。どうせ午後からは部活に行く。
テーブルには健悟さんを含む家族全員がそろって座っていて、なんとなく、その輪に入るのは気が引けた。普段は使わないお洒落なマグカップに、普段は飲まないお洒落な紅茶が揺れている。きもちわりい。
なんとなしにソファのほうへ向かった俺をつかまえたのは、母さんの声だった。
「燿もこっち来なさいよ」
「……えー」
だってなんか、まるで結婚の挨拶みてえだよ。こういうの、なんかのドラマで見たことあるもん。
気はまったく乗らなかったけれど、ここで反抗しても無意味な気がしたので、おとなしく従った。晶の正面に座るのはちょっとまずった。もろに目が合って、なんだか気まずい。
「……つか、健悟さんはなんでいんの」
「今朝ねえ、インターホンが鳴ったから出てみたら、そこに立ってたのよ。大雪のなかよ! もうお母さん腰抜けちゃいそうになったわあ」
健悟さんと目が合う。彼は眉を下げて小さく笑った。笑っているけれど、これは困った顔だ。
ほんと、姉も母も、こんなんですみません。
「よくよく聞いてみたらあんたが中学時代にお世話になった先輩で! 水谷くん、覚えてたからびっくりしちゃった。そしたら燿じゃなくて晶に用事だって言うから、なにかと思ったら……ねえ、お父さん」
「おお」
きゃっきゃとはしゃぐ母さんに、面倒くさそうに相槌を打つ父さん。仮にも娘の彼氏とご対面だってのに、焦りも怒りも照れもしないうちの父親にちょっとびびった。