疲れた身体を引きずりながらメシを食って、風呂のなかで再試の記憶をすべて浄化した。うっかり湯船で寝てしまいそうになった。相当疲れている。やっぱり頭使うのは慣れねえわ。
どうしてだろう。バスケだって、なにも考えずにやってるわけじゃねえのにな。ガードは頭使うんだ。
それでもやっぱり数学だけは本当に無理だ。あいつとはソリが合わない。サインコサインタンジェントなんて、これからの人生で絶対使わねーよ。
いや、しかし。こんなことばかり言っていて、果たして俺は春から受験生をまっとうできるのか。
ドライヤーをかけ、歯磨きを終えるころには、すでに俺の両目は半分ずつしか開いていなかった。さっさと寝てしまおう。
そういえば晶の姿が見えなかったけれど、あいつはもう寝てんのかな。いいな。晶はすでに受験終わってんだもんなあ。
電気を消して、ベッドに潜り込んだ。意識が遠ざかっていく気持ちよさに身体をゆだねていると、ふと、壁越しに、変な声が聴こえた。
「なんだよ……?」
声というか、鼻をすする音に近い。暗闇のなかで聴くそれはなかなか不気味で、思わず起き上がって電気を点ける。
晶の部屋に隣接している壁に耳を押し当てた。
姉が泣いていた。たぶん、確実に。あいつが泣いているところなんかほぼ見たことがないから、にわかには信じがたいけれど。それでも、たしかにあいつは隣の部屋で泣いていると思う。
……なんかあったのかな。あの晶が泣くほどのことが。