彼の顔を見上げることはできなかった。真っ直ぐな瞳をした王子を思い出して、こんな自分が嫌になった。情けない。


「……平気だよ」


先輩が白い息と一緒にそうこぼした。そして、いつもと同じように笑った。


「S大つったらすげえとこだし、晶の可能性も広がると思う。俺、すげえ応援してんだぞ?」


そうだけど、そうじゃない。欲しかった言葉はそれじゃなかった。

応援しているなんて、本当に思ってくれていたとしても、言ってほしくなかったよ。女は面倒な生き物なんだ。


「淋しいのはあたしだけですか……?」

「そんなこと言ってねえじゃん」

「言ってるよっ」


先輩は優しいから、引き止めるなんてことはきっとしないだろうなって。そんなの分かってはいたけれど、少しくらいそういう素振りを見せてくれたっていいじゃんか。

優しすぎて不安になる。本当の気持ちが分からない。心に触れられない。

嘘だなんて思っていないよ。先輩も、ちゃんとあたしを好きでいてくれているということ。綾さんだって保証してくれた。


でも、だからこそ。

ちゃんとぶつかり合って、話し合って。そうやって100%の安心を与えられたいし、与えたいんだよ。もっと分かり合うために、分かり合えないことをふたりで泣きたいんだ。


「……あたし、このまま東京行くの、嫌です……」

「なに言って……」

「嫌ですっ!!」


手を離したのはあたしのほう。とたん、指先が急に冷え込んで、鼻の奥のほうがつんとした。