水族館に来るのは小学校のときの社会見学以来だと思う。あのころは大きくてこわかったさかなたちが、いまはなんだかとても愛くるしく思えて、自分が大人になったことを実感した。
青と黒に包まれた空間。本来ならきっと苦手な場所なんだろうけど、先輩はずっと手をつないでいてくれたから、全然平気だった。
イルカショーも見たし、アザラシの赤ちゃんも見たし、シロクマのストラップもおそろいで買った。燿にもチンアナゴのストラップを買ってやった。半分嫌がらせで。先輩も笑っていたから同罪だ。
水族館を出ると、隣にあるショッピングモールのなかで軽くお茶をして、ぶらついた。やっぱり先輩は靴屋が好きらしい。
楽しい一日が終わろうとしていた。あっという間だったな。
そして陽が落ちたころ、夕食はどうしようかという話になったとき、先輩が遠慮がちに口を開いた。
「……あの、さ。うち来ねえか?」
「えっ!?」
うち、というのは。もしかして。先輩のご自宅のことでしょうか?
「いやあ、実はうちの姉ちゃんがさ、すげー晶に会いたがってて」
「お、お姉さん!?」
先輩にお姉さんがいるなんてのは初耳だ。面倒見がいいひとだから、勝手に妹か弟がいるのかと思っていたのだけれど、まさか彼のほうが弟だったなんて。
「夕食をご馳走したいから連れてこいっていう絶対命令が下ってんだ。……晶が嫌なら無理にとは言わねえけど」
身体が強張っている。心臓が物凄いスピードで脈打っている。
本当はいますぐにでも逃げ出してしまいたいけれど、相手は先輩のお姉さん。ご家族の方。これを断ったら結構まずいんじゃないの。