リビングに行くなり、お母さんに「あらまあ」と言われる。全身を舐めるように見られた。
「ちょっとちょっと、晶、かわいくしちゃって。最近どうしたの、色気づいちゃって。彼氏でもできたんでしょー?」
「……うるさいなあ」
「照れなくてもいいじゃないのー。今度連れてきてね、彼氏」
「やだよ。お母さん絶対いろいろ訊くじゃん」
「えー、いいじゃない! イケメン? ねえ、イケメン?」
「もー!」
お母さんはこの手の話が大好きだ。燿にもよく「早く彼女作って連れてきてよ」って言っているし。ちなみに燿が本当に彼女を連れてきたことは一度もない。実際に彼女がいても「いない」で通しているらしい。
子どもの恋人って、そんなに会いたいものなのかなあ。結婚するわけでもないし。あたしはとても、先輩のご両親に会う勇気なんかないよ。
「あ。あたし、もう出るね」
「夕食は?」
「分かんない。でもたぶんいらないかなー」
「うふふ。分かりました」
うふふじゃねーよ。もう。やんなっちゃう。
ずっとニマニマしているお母さんに「いってきます」とだけ告げて、玄関で靴を履いた。パンプスは苦手だけど、カジュアルでかわいいスリッポンは、これも日和のチョイスだ。
「――おえっ」
玄関のドアを開けるとき、ふと洗面所からえづく声が聴こえた。17歳の弟が発するそれはもはやオッサンと変わらなくて、姉としてはちょっと悲しい。
「おい、おまえまだこんな歯磨き粉使ってんのかよ! やめろっつってんだろ! きもちわりいな! まっず!」
「はあ? 勝手に使ってんじゃねーよ」
「不可抗力だよ馬鹿! まっず!」
いちご味の歯磨き粉は幼稚園のころからの愛用品。眼鏡オフの弟が時々誤ってそれを使用しては、理不尽にこうして文句を言ってくるのだから、迷惑きわまりない。
さっきはちょっとばかし感動すら覚えたのに全部台無しだ。