「――なに、うちの弟に怪我させてくれたの、あんたなの?」
ぎょっとしたのは大河くんのほう。彼は「晶さん」と名前を呼んでくれたけれど、答える余裕はちょっとなかった。ごめん。
「なんだよ、あんた……弟って」
「名前は?」
「……木下」
「木下。……なんでそんな、階段から落とすなんてことしたの。燿のこと気に入らないなら卑怯なことしないで、直接言えばいいじゃん」
木下は眉間に皺を寄せたまま、あたしに向けていた視線をふいっと逸らす。同時に彼の黒髪が風に吹かれて揺れた。
切れ長の目がとても涼しげで、印象的だ。
「……べつに、あいつのこと気に入らないわけじゃないよ。ただ怪我させるのが目的だっただけ」
なんだよ、それ。なんだよ。いい加減にしろよ。
そんなのあまりに理不尽で不条理な、理由にすらなっていない理由だ。
「ふっざけんな! あの子がどんなに一生懸命バスケしてたのか知らないの!? 今週末は決勝だったんだよ!?」
「知ってるよ。だからそうしたんだ。……東出じゃなくてもよかった。ただバスケ部が、オレ抜きで全国に行くなんて、絶対に許せなかった。それには東出を潰すのがいちばん手っ取り早いかなって」
「はあ? あんた頭おかしいんじゃないの!? 燿がどんだけ本気でバスケやってると思って――」
「――オレも本気でやってたんだよ!」
矢のように放たれたその一言が、まるで心臓を突き刺したみたいだった。
「オレだって……本気で、大河と東出と全国行きたかったよ……」
……ああ、思い出した。キノシタって名前、そういえば、高校に入学したての燿が嬉しそうに話していた名前とおんなじだ。