あったけえ。安心する。やわらかい髪が耳に触れてくすぐったい。
いつしか言葉は消えて、お互いの呼吸と、心臓の音だけが残った。一生分の幸せを消化している感じだ。これ以上に好きになれる誰かに、これからの人生、ちゃんと出会えんのかな。
「……わたしね、春から東京に行こうと思ってるの」
「えっ、マジで?」
彼女の温もりについうとうとしてきたころ、日和さんがそっと口を開いた。危ねえ。寝るとこだった。
「うん。ヘアメイクの勉強したいなと思ってね。晶とルームシェアしようかって話してるんだよー」
「あいつと共同生活すんのなんかぜってー大変だよ」
「あはは、言うと思った!」
口うるせーし、神経質だし、電気は消さねえし。機嫌わりーとすぐ八つ当たりしてくるし。
姉の嫌なところなんか挙げ始めたらキリがない。たぶん朝が来る。
でも、あんなだけど。俺にとっては正真正銘、たったひとりの姉ちゃんなんだよな。
「……まーでも、もしほんとにそうなったら晶のことよろしくな」
「わ、素直!」
「えーだって俺シスコンだもん」
「うん知ってたー」
ふたりで笑いあった。やっぱり俺は、日和さんの前ではどうしても晶の弟なんだなって、ちょっと可笑しかった。
「……そんなことより、そろそろ服着てよ。さっきから目のやり場に困ってる」
「あっ! ごめんっ」
思い出したように、日和さんの両手が慌ててシャツのボタンを留め始める。
脱ぐよりも着るほうが色っぽい仕草に感じるのは俺の趣味なのか。しかもそれを俺の膝の上に乗ったままするもんだから、17歳・現役男子高生の俺、結構ぎりぎりだ。
……いやいや、ダメだってマジで。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
気を紛らわせるために頭のなかで平家物語を音読していると、突然。思いきり、部屋のドアが開いた。