振り返ると、おじさんがドアから半分だけ体を覗かせている状態でこっちを見ていた。
「なんだよ、浴衣、ほんとに持って帰りてえのか?」
おじさん、写真の女性にも、美しい浴衣を染めてあげたことがある?
いっしょにしゃぶしゃぶを食べたことがある?
乱暴に頭を撫でたことは?
泣いている彼女を優しく抱き寄せたことは?
このひとはいったい誰? おじさんにとってどんな存在なの?
「……ううん。浴衣は、置いてく」
浮かんだ疑問はなにひとつ言葉にならなかった。小さく首を横に振るしかできなかった。
どうして聞けないんだろう。写真拾ったんだけどって、ふつうに言ったらいいのに。
どうして、答えを聞くのが、こんなにもこわいんだろう。
「ねえ、浴衣着るの楽しみだよ。早く夏がきたらいいのになっ」
ポケットのなかに写真をしのばせたまま、なんでもない顔でおじさんのもとへ向かっているとき、嘘をついているようなうしろめたさみたいなものがどうしてもあった。
「俺は暑いのはカンベン」
おじさんが顔をしかめる。
「べつに、あたしだって暑いのは好きじゃないよ」
「ああ、おまえはなんかそんな感じするな」
今年が特別なだけだよ。それは、おじさんがくれた浴衣のせいなんだよ。
この男は、それくらい、あたしの心を揺さぶるチカラを持ってる。だって、同じことの繰り返し、あんなにつまんなくてしょうがなかった毎日が、こんなに鮮やかに色づき始めているんだ。
おじさんの手によって。言葉によって。
その、すべてで。
「誕生日おめでとう、祈。17歳だな」
興味なさそうな顔であたしの世界に踏みこんでくるこの男に、あたしの世界は少しずつ、それでも確実に、変えられていっているんだと思う。