◇
アトリエとやらは、田舎道を車で10分ほど走った先の、開けた場所にあった。
「わ、すごい」
観音開きの大きなドアをあけた瞬間、鼻をついたのはあのにおい。つんと刺すような、仕事から帰ってきたおじさんがいつも全身にまとっている、あたしの好きなにおいだ。
「においで酔ったりするやつもけっこういるみてえだから、気分悪くなったら言えよ」
「大丈夫。あたし、このにおいわりと好きなんだ」
そう言うと、おじさんはちょっと驚いたようにあたしを見つめて、それからなにも答えないまま口元だけで笑った。
――ここが、おじさんの、遊んでいるみたいな仕事場。
このだだっ広い平屋は、床も壁も天井も全部、木でできていた。ちょっと黒ずんでいたり、もろく剥がれてしまっているところが何か所もある。年季が入っている建物なんだと思った。もしかしたらおじさんのアトリエになる前は、別のなにかとして使われていた場所なのかもしれない。
それでも、ところどころに鮮やかな色が染みこんでいて、もうここはまぎれもない“おじさんの場所”なんだと理解する。
それにしてもなかなか雰囲気のあるアトリエだと思った。なんていうか、ものすごくそれっぽいっていうか、期待どおりすぎて逆に信じられない感じ。おじさんは職人なんだなって、なにかおかしな感動みたいなものを覚えた。
「ねえ、これなに?」
端っこに並べてある、いくつかの桶を指さす。その上からは綱みたいなものがぶら下げてあった。
「束ねた糸を浸してる。それをほぐして、織って、着物にする」
「キモノ? おじさんって着物つくるひとなの?」
「残念ながら俺にそんな技術ねえよ。モトの糸を染めるまでが、俺の仕事」
言いながら、おじさんがエプロンを手渡してくれた。いろんな色がついては何度も渇いたような、汚れきったエプロンだった。
べつにこんな安物のTシャツ汚れてもかまわないんだけど、ここではおじさんに逆らってはダメなような気がしたから、おとなしくつけた。
「まあ、糸を染めたあとで自分で着物を織る、専門の職人もたくさんいるけどな」
へえ、職人の世界というのはいろいろあるんだなあ。シロウトの月並みの感想。
アトリエとやらは、田舎道を車で10分ほど走った先の、開けた場所にあった。
「わ、すごい」
観音開きの大きなドアをあけた瞬間、鼻をついたのはあのにおい。つんと刺すような、仕事から帰ってきたおじさんがいつも全身にまとっている、あたしの好きなにおいだ。
「においで酔ったりするやつもけっこういるみてえだから、気分悪くなったら言えよ」
「大丈夫。あたし、このにおいわりと好きなんだ」
そう言うと、おじさんはちょっと驚いたようにあたしを見つめて、それからなにも答えないまま口元だけで笑った。
――ここが、おじさんの、遊んでいるみたいな仕事場。
このだだっ広い平屋は、床も壁も天井も全部、木でできていた。ちょっと黒ずんでいたり、もろく剥がれてしまっているところが何か所もある。年季が入っている建物なんだと思った。もしかしたらおじさんのアトリエになる前は、別のなにかとして使われていた場所なのかもしれない。
それでも、ところどころに鮮やかな色が染みこんでいて、もうここはまぎれもない“おじさんの場所”なんだと理解する。
それにしてもなかなか雰囲気のあるアトリエだと思った。なんていうか、ものすごくそれっぽいっていうか、期待どおりすぎて逆に信じられない感じ。おじさんは職人なんだなって、なにかおかしな感動みたいなものを覚えた。
「ねえ、これなに?」
端っこに並べてある、いくつかの桶を指さす。その上からは綱みたいなものがぶら下げてあった。
「束ねた糸を浸してる。それをほぐして、織って、着物にする」
「キモノ? おじさんって着物つくるひとなの?」
「残念ながら俺にそんな技術ねえよ。モトの糸を染めるまでが、俺の仕事」
言いながら、おじさんがエプロンを手渡してくれた。いろんな色がついては何度も渇いたような、汚れきったエプロンだった。
べつにこんな安物のTシャツ汚れてもかまわないんだけど、ここではおじさんに逆らってはダメなような気がしたから、おとなしくつけた。
「まあ、糸を染めたあとで自分で着物を織る、専門の職人もたくさんいるけどな」
へえ、職人の世界というのはいろいろあるんだなあ。シロウトの月並みの感想。