アトリエとやらは、田舎道を車で10分ほど走った先の、開けた場所にあった。


「わ、すごい」


観音開きの大きなドアをあけた瞬間、鼻をついたのはあのにおい。つんと刺すような、仕事から帰ってきたおじさんがいつも全身にまとっている、あたしの好きなにおいだ。


「においで酔ったりするやつもけっこういるみてえだから、気分悪くなったら言えよ」

「大丈夫。あたし、このにおいわりと好きなんだ」


そう言うと、おじさんはちょっと驚いたようにあたしを見つめて、それからなにも答えないまま口元だけで笑った。


――ここが、おじさんの、遊んでいるみたいな仕事場。

このだだっ広い平屋は、床も壁も天井も全部、木でできていた。ちょっと黒ずんでいたり、もろく剥がれてしまっているところが何か所もある。年季が入っている建物なんだと思った。もしかしたらおじさんのアトリエになる前は、別のなにかとして使われていた場所なのかもしれない。

それでも、ところどころに鮮やかな色が染みこんでいて、もうここはまぎれもない“おじさんの場所”なんだと理解する。

それにしてもなかなか雰囲気のあるアトリエだと思った。なんていうか、ものすごくそれっぽいっていうか、期待どおりすぎて逆に信じられない感じ。おじさんは職人なんだなって、なにかおかしな感動みたいなものを覚えた。


「ねえ、これなに?」


端っこに並べてある、いくつかの桶を指さす。その上からは綱みたいなものがぶら下げてあった。


「束ねた糸を浸してる。それをほぐして、織って、着物にする」

「キモノ? おじさんって着物つくるひとなの?」

「残念ながら俺にそんな技術ねえよ。モトの糸を染めるまでが、俺の仕事」


言いながら、おじさんがエプロンを手渡してくれた。いろんな色がついては何度も渇いたような、汚れきったエプロンだった。

べつにこんな安物のTシャツ汚れてもかまわないんだけど、ここではおじさんに逆らってはダメなような気がしたから、おとなしくつけた。


「まあ、糸を染めたあとで自分で着物を織る、専門の職人もたくさんいるけどな」


へえ、職人の世界というのはいろいろあるんだなあ。シロウトの月並みの感想。