──優太くん?


呆然としていた僕の耳に、おじさんの声が届く。


あわててはい、と返事をすれば、おじさんはインターホン越しにコホンと咳払いをする。


──今から玄関を開けるから、少し待っててくれ。


と言い残して、僕たちの会話は途切れた。


それから数秒もしないうちに玄関の扉が音をたてて開いて、中から顔を出したのは生きた心地のしないような表情を浮かべたゆりあのお父さんだった。


「……優太くん、久しぶりだね。どうぞ中に入りなさい」

「お久しぶりです。……お言葉に甘えて、失礼します」


僕が丁寧におじぎをすれば、おじさんは弱々しく微笑んで中へ戻っていく。


僕もあわてておじさんに続くように中へ入らせてもらう。


ゆりあも僕のあとへ続いてきているようだ。


リビングへたどり着いた僕は、そこへ広がる光景に言葉を失った。


机の上に散らかる紙切れ、そこらじゅうに適当に丸められた洗濯物、ほおったらかしにされた洗い物たち。


そして、カーテンを閉めきった暗いジメジメとした部屋の端のソファーに腰をかけている、正気をなくしたような顔をしたおばさん。


そこはまるで、永遠に続く暗闇の中の世界みたいに。


僕の心をのみ込んでいった。


きっとおばさんは僕がここにいることに気が付いていない。


「……お母さん」


後ろで、今にも泣いてしまそうな顔をしたきみが、自分の母を呼ぶ。


けれど無情にも、その声はおばさんに届くことはない。