まあ、ゆりあが言うことも一理ある。


というか、僕がお客さんの立場でもきっと驚くというか気味悪がるだろう。


人が周りにいなくてふたりきりのようだったさきほどまでの世界とはまるで違う。


ここは人がたくさんいる公の場だ。


「……すみませーん」


大きな声を出して店員さんを呼ぶと、店員さんはパタパタとほこりをたてないように急いでこちらへ向かってきた。


「どうされましたか?」

「あの、そちらにある個室に行かせていただくことはできないですか?」

「え?」


さきほどからちらちらと目に見えていた個室になっている部屋を指差すと、店員さんは分かりやすく目を丸くした。


それはゆりあも同じで、僕の行動に驚いているみたいだった。


「追加料金が必要なら出します。だからどうか移動させていただけませんか?お願いします」


頭を下げた僕に、たくさんの視線が突き刺さる。


「お客さま……」


慌てている店員さんがかわいそうだと思ったけれど僕は頭を下げ続けた。


しばらくそうしていたら、


「オーナー」


と店員さんが弱々しく呼ぶ声が聞こえたから、僕はそこでようやく頭を上げる。


この店のオーナーは、僕より少ししか年をとっていないんではないかと思うほど若くて少し驚く。


オーナーは僕を見て、優しく笑った。


「個室へ、ご案内いたします」


なぜ個室なのか、どうして個室でなければいけないのか、すべてを僕に聞くことなくオーナーは言う。


そのはからいに感謝の気持ちが込み上げてきた僕は、何度もオーナーと店員さんに頭を下げた。


ゆりあはそんな僕を見て、“ありがとう”と口を動かした。