「でも、雅人も知ってるんでしょう?」
「ああ……かーさんが話してるの、聞こえてきたことが、ある」

 わたしの言葉に、一瞬言葉をつまらせた雅人が、目をそらして言った。

 お父さんが、他の女の人と一緒にいたこと。マンションの人の情報網は凄まじい勢いだった。雅人も、雅人のおばさんも、知らないふりをして以前と変わらず優しくしてくれたことが、わたしには嬉しかった。

 わたしが人前で泣けなかったのは、式で顔を合わす人みんながわたしとお母さんを哀れんでいるような気がして悔しくて我慢していただけだ。

 その中で生きていくしかなかった。お父さんがいなくなって残されたわたしとお母さんは、それでも、前を向かなくちゃいけなかった。

 すべてを黙ったまま、いなくなったお父さん。

 怒ることも責めることも、愛想をつかすことさえもできないまま。

「……雅人は……町田さんを、許せるの?」

 思わず口にして、ハッとして顔を上げると、雅人は「知ってたんだ」と恥ずかしそうに笑う。

「よくわかんないから、今はなんとも言えないけど」

 まだ、あの男の子からも町田さんからも詳しいことは聞いていないのだろう。

 わたしは一応聞いたけれど、それが真実かどうかはわからない。

「きみちゃんを、信じてる」

 迷いなく発せられた言葉。表情は曇っていたけれど、言葉に戸惑いは一切感じられなかった。

 どうして、そこまで言い切れるのだろう。まだなにも知らないのなら、もしかしたら町田さんは雅人と別れようと思っていたかもしれない。二股をかけていたのかもしれない。なのに、この状況でもそこまで信じるられる理由がわからない。

「もしも、裏切られてたら……?」
「その時にまた考えるよ。今は、きみちゃんが無事だったから、それでいいんだ」

 わたしはそんなふうに思えない。

 雅人がそう言っても、わたしは町田さんを信じることはできない。一瞬でも雅人を傷つけたのには違いない。どんな理由があったとしても。

 お父さんと同じように。