雅人の家に前に着いてチャイムを押すと、インターフォンではなく、ドア越しから「はあい」と声が聞こえた。すぐにドアが開かれて中から雅人が顔を出す。顔色はマシに見えるけれど、目の下のクマはまだ残っている。

「入って入って。母さん、賢と美輝来たから部屋にいるよー」

 ドアを大きく開いてわたしたちを招いてから、リビングにいるらしいおばさんに呼びかけた。奥から「いらっしゃいー」とおばさんの声が聞こえる。

「お邪魔しますー」

 そのまますぐそばにいる雅人の部屋に入ると、おばさんがわたしたちのお茶とお菓子を運んできてくれた。

「部活、もうしばらくは行けそうにないって先生に言っといて」
「おう。どうなんだ、町田さん」

 お茶を手に、賢が質問する。

 わたしも気になっていたことなので、賢が早々に聞いてくれてよかったと思った。わたしから口にするはちょっと躊躇ってしまうから。

「そうそう、きみちゃん、今日ちょっと目覚めたんだ」

 本当に嬉しそうに、雅人は目を細めた。

 久々に見る、雅人の笑顔がわたしの心を少し軽くしてくれた。でも、ほんの少しだけ、わたしにはなにもできなかったという無力感にも襲われる。

「よかったね」

 それを悟られないように雅人ににっこりと笑ってみせる。

「ほんとだな。もう大丈夫そうなのか?」
「うん、多分大丈夫みたい。まだ痛み止めとか色々薬飲んでるから、長いこと話は出来ないんだけど。状況もよくわかってなかったし」

 事故のこともあまり理解できていないらしい。どうして病院にいるのかと何度も聞かれたと言っていた。と、いうことは、幽霊もどきになってわたしの家にいたことも覚えていないのかもしれない。あのときの町田さんは、客観的に見ていたからか状況はそれなりに把握していた。

 まあ、どっちでもいいことだ。

 あんなふうにケンカをしてしまったことも、忘れてくれている方が気が楽だ。

「このまま、なにもなく、無事に退院してくれたらいいんだけど……ね」

 賢が少しだけ笑顔を曇らせた。

 いつもだったら、こんなとき、笑顔になってもらいたくていろんなことを口にするのに、今日はなにも言葉が出てこない。なんて言えばいいのかわからなくて、口を閉ざしたまま俯いた。わたしは、どうしてなにもできないのだろう。

 雅人にしてもらったことの、ほんの欠片でも返すことができない。