「ごはん出来たら呼ぶから」
「あ、うん……わかった」

 リビングに鞄を置き、着替えることなくキッチンに立ったお母さんが、エプロンを身につけながら話しかけてくる。少しの間、ぼんやりとお母さんがキッチンで動くのを見ながら、なんとなく和室に脚を踏み入れた。

 和室の片隅にある、仏壇。その中で笑っているお父さんを見つめる。

 お父さんなら、町田さんの気持ちがわかるのだろうか。

 町田さんの気持ちなんて、わたしにはわからない。だけど雅人の気持ちはイヤって言うほどわかる。わかりたくないけれど、わかってしまう。大切な人を、失うかもしれない恐怖。失ったときのわたしを知っている雅人にとったら、どれほど苦しいかを。

 でも、町田さんは生きている。生きているくせに死んだらっていう話ばっかりするのは、なんでだろう。死にたくないならさっさと目覚めればいい。わたしの家で映画なんか観ていないで、体に戻る方法を探せばいい。それができないのなら、せめて自分を想ってくれている雅人のそばにいてほしい。

 町田さんの今日は発言は、まるで……死にたいみたいだった。

 それがすごく、いやだ。

 別れるっていうなら、もっと早くに別れていてほしかった。あんなに軽々しく雅人と別れることを口にするくらいなら、付き合ってほしくなかった。雅人を、あんなふうに苦しめる前に。



 小一時間ほどで、お母さんはごはんを作り終えてわたしに声をかけた。

 和室から自分の部屋に移動していたわたしはすぐにリビングのダイニングテーブルに腰を下ろす。煮込みハンバーグと、ポテトサラダと、にんじんのグラッセ。そして私の準備していたお味噌汁とごはんが並んでいる。どれもこれもわたしの好物ばかりだ。それだけで、お母さんがわたしを元気づけようとしてくれているのがわかった。

 なんでもないふりをしているけれど、お母さんには色んな思いを気づかれているのだろう。

「おいしそう、いただきます!」

 大げさな程の笑顔と声でそう言うと、お母さんが嬉しそうに微笑んでから、わたしと同じように「いただきます」と口にした。

「雅人くん……元気なの?」
「うん。まあ、町田さん――雅人の彼女も、とりあえず大丈夫みたい」

 真知が家に来た話とか、テレビの話をしていたけれど、様子を伺うようにお母さんが問いかけてきて、曖昧に返事をする。

「そう、よかったわね」

 お母さんの声には、心からの安堵が感じられた。