「なんでわかるの? いっつもついてきて邪魔だって、面倒くさいって」
「言うわけない! 雅人はそんなこと言わない! 町田さんなんかよりわたしの方が雅人のことを知ってるんだから、信じない!」

 キッチンを大きく叩いて叫んだ瞬間、その衝動で包丁がずるりと動いた。

 あ、と思った瞬間にはすでに、包丁は勢いよく床に突き刺さった。町田さんの足を刺すようにして、キッチンマットを貫通し床に立っている。

 全身が泡立ち、声にならない声が出た。

 けれどもちろん、町田さんの足には傷ひとつつくことはなかった。そこにあったはずの足は、いつの間にか包丁を交わすように横にずれている。

「ご、ごめ……」

 包丁をゆっくりと拾い上げて、震える声で言った。

 突然のことに、心臓がばくばくと大きな音を立てている。町田さんが幽霊みたいなものだから何事もなかったけれど、これが本当に人だったら、大惨事だ。想像すると目眩がするほど怖い。

「別に。死んでいるようなもんだから、キズなんてつかないし」
「そうかも、しれないけど」

 それでも、怖かったはずだ。その証拠に、町田さんの体が少し震えている。

「美輝ちゃんにはわからないでしょ? 今の私の気持ちなんて」
「ごめん、気をつけ――」
「誰にも気づかれない。元に戻る方法もわからない。なににも触れることが出来ない。ケガをすることもない私のことなんか!」

 包丁のことかと思ってうなだれると、謝罪を遮るように町田さんが叫びだした。

「友だちもいないし、変なうわさばかり流されて、挙句に事故にあって! 私が毎日どれだけ不安かなんかわからないでしょ! このまま死ぬかもしれないんだよ!」

 初めて、町田さんの不安を聞いた。
 でも、突然過ぎてうまい返答なんか思い浮かばない。

「でも、無事だったし……」
「キレイ事言わないでよ! 私のこと馬鹿にしてるくせに! 私がいなくなったら雅人くんが自分のそばに戻ってきてくれるって思って嬉しいんでしょ? 私から言わせればそんなの愛情でも何でもなんだから!」

 町田さんの叫び声がリビングに響き渡って、身体がビリビリと震えた気がした。

「ただの執着よ! 独り占めしたいだけ! 縛り付けてるだけじゃない! お父さんが死んだとか言って同情をひいてずるいのよ!」

 心臓がぎゅうっと潰されたように傷む。