昔は、わたしのほうが雅人の頭を撫でていたのに、いつのまにかわたしが撫でられる側になっている。弟だった雅人は、今は兄のように思えるときがある。優しく、妹を守ろうとする兄。それ自体はとてもあたたかい。けれどわたしにはそれがすごく、不満に感じてしまう。

 わたしには、頼ってくれていないのだと思えてしまう。

 そばにいてくれない。そばにいたいのに、それすら断られる。

 どうしてわたしがそばにいちゃいけないの? 雅人のためになにかしたいのに。なにもできないけどそばにいたい、その気持ちは雅人と一緒なのに、どうしてダメなのだろう。

 今までは、雅人が弱っているとき、いつもわたしがそばにいた。

 サッカー部のスタメンに入れなかったときは、泣いてわたしに連絡してくれた。飼っていた犬が死んでしまったときも、映画に感動したときですら。

 なんで大丈夫なの?

 こんなときに、こんなことを考えている自分がすごく惨めに思う。自分のことばかりだ。悲しいのか悔しいのか自分でわからなくて、唇を強く噛んだ。

 卑屈になりすぎだ。そう自分を叱咤したドアをバタンと閉めてくるりと振り返る。

 そこには、じっとわたしを見つめる町田さんがいた。

「美輝ちゃんには、笑うんだね」
「え?」
「病室ではずっと泣いてるか、泣きそうな顔してるのに」

 町田さんは自嘲気味に笑って、またリビングに戻っていった。

 なにを言っているのかさっぱりわからない。悔しいけれど、町田さんのことが好きなんだから泣くだろう。心配で、悪いことを考えて泣きそうになることだってあるだろう。病院で寝ている姿を見て、笑顔で過ごせという方が難しい。

 だけどそれを口にするのはもっと悔しいからできなかった。

 雅人の気持ちを考えれば、こんなことすぐにわかるはずだ。

 わざわざわたしが雅人の気持ちを代弁する必要もない。

 町田さんはそのままリビングのソファに座ってぼーっとしていた。わたしは晩ごはんの準備に取り掛かる。静寂がわたしたちを包む。たまにちろりと彼女をみやると、目の前にあるテレビを見ているものの、ぴくりとも動かない。包丁を手にして冷蔵庫から取り出した野菜を切りながら、この落ち着かない空気をどうにかできないかと考えていた。