この微妙な雰囲気から逃げるように、インターフォンに出る。

「あ、美輝?」
「……雅人!? え、どうしたの! あ、ちょっと待って今出るから!」

 思いがけない雅人の声に、受話器を落としそうになってしまった。すぐにバタバタと玄関に向かって走り、ドアを勢いよく開ける。

 ドアの先には、雅人が笑顔でわたしを待っていてくれていた。

「雅人、どうしたの?」
「病院から帰ってきたところ。美輝にも心配かけたなあって思ってちょっと寄っただけ」
「そっか、上がる?」

 そう問いかけると、笑顔のまま首を左右に振った。

 多分、疲れているんだろう。笑顔だけれど、そんな感じがある。無理しなくてもいいのに。それでも、家に来てくれたことが嬉しかった。電話で済まさずに顔を合わして話に来てくれたことが。

「ありがとう。ひとりだったらパニックになってたと思う」
「ううん、賢がいてくれたから……。もう、大丈夫なの?」
「んー……多分。まだ目を覚ましてないからなんとも言えないかな……」

 雅人が大丈夫なのかを聞いたつもりだった。でも、町田さんのことを返答するのが雅人らしくもある。

 夜はちゃんと眠っているのかと聞くと、昨日は夕方に帰ってきてから家で休んだと言っていた。それでも、あまり眠れていないことは目の下のクマを見れば一目瞭然だ。雅人が倒れるから、とごはんと睡眠だけは勧めておいたけれど、きっとそう簡単にできるものではないだろう。

 表情からは常に、不安と疲れがにじみ出ている。けれど、笑顔を絶やすことはなかった。

「明日も、病院に行くの?」
「うん。まだ、俺にはなにもできないけど、さ。そばにいたいから」

"そばに、いたいから"

 それは、町田さんのそばにってこと。わたしじゃなくて、町田さん。病人相手に嫉妬するなんて馬鹿げている。わかっている。

「わたし、も」
「あ、いや、いいよ、大丈夫。俺なら大丈夫だから。美輝は、無理しないでいいよ」

 そう言って、わたしの頭をくしゃりと撫でる。

 誰が見たって無理しているのは雅人のほうだ。こんなときにわたしに気を使わないでいい。でも、と言いかけたけれど、雅人がわたしを見て少しだけ心配そうな顔をしているのがわかった。

 だから。

「ん、ありがと」

 そう言って笑ってから「雅人も、無理はしないでね」と付け足した。雅人はわたしと同じように笑ってからもう一度ぽんっと頭に触れた。

「じゃあ、また連絡するよ」
「わかった」

 そう言って、雅人は笑顔で手を振りながら背を向けて、エレベーターの方に向かっていった。