ただ、それを今わたしが問い詰めたところでどうしようもないことも気付かされた。町田さんを言い負かしたって、今のこの不快感は拭えない。正直言えば、別れてよ、と言ってやりたくもないけれど、それではわたしが雅人を傷つけることになるだろう。

 もやもやした気持ちだけが胸の中に蓄積される。

 どこにも吐き出す場所がない。吐き出す方法がない。今にも破裂しそうなほどなのに。

 少しでも楽になるように、深く長く息を吐き出してから頭を振った。

「美輝ちゃんって、なんでそんなにイライラしてるの」

 誰のせいだ。
 沈静化したはずの感情がまた再沸騰される。いい加減にしてほしい。

「あのね」
「雅人くんから美輝ちゃんはいつも笑ってるって聞いてたんだけど」
「町田さんが相手じゃなかったらこんな顔してないんだけどね」

 もういいから、帰ってよ。

 なんで嫌いな相手の家で時間を潰そうとするのか。町田さんが考えることはわたしとは違いすぎる。わたしは、嫌いな人とは話だってしたくない。

「雅人くんの前だけ笑顔って、猫かぶってるってこと?」
「そんなわけないでしょ。町田さんと一緒にしないでよ。町田さんのほうが猫かぶってるじゃない」

 そう言うと、なぜか町田さんは「ふふ」と楽しそうに笑い始めた。

 なんで急に笑いだしたのだろう。怒ったり笑ったり拗ねたり、感情がころころと変わってついていけなくなる。事故のせいで情緒不安定なのだろうか。

 頭を抱えていると、「ねえ、これ観たいんだけど」とリビングにあるBDケースを指さして言い出した。

 この状態でよくそんな図々しいことを。

 なんだか真面目に彼女と付き合っていたら頭がおかしくなりそうだ。もう抵抗するのも馬鹿らしい。昨日あんなふうに帰っても、さっきまであれだけ互いに嫌味を言い合っても、ここに居座ろうとするくらいだ。逆に映画で黙っていてくれるならそっちのほうがわたしの心中は穏やかに過ごせそうだ。

 希望の映画のBDを取り出して、プレーヤーにセットする。

「美輝ちゃんと一緒にいる時の、雅人くんってどんな感じ?」

 また話が変わったけれど、もうそれに戸惑うのも疲れてきた。

「どんなって普通だけど。優しくて、いつも笑顔で」
「私の知っている雅人くんは、優しくてよく笑ってて、そして、不器用なの」

 そんなの、わたしのほうが知っているに決まってるじゃない。いつも笑顔で、誰よりも優しくて、だけどちょっと不器用なのだ。運動音痴のわたしを慰めるときに『美輝は運動しなくていいんだよ』とよくわからないことを言われたことを思い出す。でも、そんな雅人だから、その言葉で元気になる。

 そのことを、わたしは町田さんよりも知っている。
 誰よりも知っている自信がある。賢にだって負けないだろう。