「美輝ちゃん、料理するんだ」

 リビングに戻ってきた町田さんは、カウンターテーブルに寄りかかりながら話しかけてきた。町田さんって空気が読めないのだろうか。さっきから人を怒らせては、なにもかもを忘れたように話しかけてくる。

「それなりに。仕方ないからやってるだけだけど」

 答えてから冷蔵庫から、今日の食材を取り出す。スーパーに行くまではスペアリブとか作ってみようかと思っていたけれど、暑すぎて夏野菜のあげびたしに変更した。

 昔はこんなふうに自分が包丁を握るなんて想像もしていなかった。ひとりきりで留守番すら、ほとんど経験がなかったのだ。

 お父さんがいなくなってお母さんが働き出したからやりはじめただけ。始めの頃は簡単なものしか作れなかったし、おいしいものもなかなかできなかった。ひとりでガスを使うことも怖かったくらいだ。今では趣味のひとつになっている。

「雅人くんが、いつも“美輝はすごいんだ”って言ってた。料理もできるし、自分でなんでもするんだって」
「必要にかられてやっているだけで、すごくはないと……思うけど」

 茄子を切っていると隣にきた町田さんが、わたしの手元を覗きこむ。

 危ないから下がって、と言おうと思ったけれど、そういえば町田さんには関係ないのかと思って作業を続けた。

 ふと視界に入った町田さんの手。その近くにある自分の手。

 町田さんの手はきれいだ。ネイルをしているわけではないけれど、整った形の爪。程よく伸びたそれは汚れ一つなく、手入れもしているのか輝いて見える。わたしのカサカサの手とは大違いだ。

「私はなにも作れないんだけど。すごいね、美輝ちゃん」

 なにも作れなくても、町田さんは雅人の彼女だ。雅人にすごいって言われていても、それだけ。料理ができる女の子にはみんな同じだけすごいと思うのが雅人だ。

 今、雅人はきっと町田さんのことしか考えていないだろう。わたしのことなんて、思い出しちゃいないだろう。

 こんな卑屈なことを考えてしまう自分がいやになる。

 町田さんが見えなければもう少し、優しい気持ちで過ごせたりしたのだろうか。