「雅人くんの家と、正反対なんだー」

 家に足を踏み入れるなり、町田さんがきょろきょろしながら言った。

 マンションなのだから、間取りはどこも同じか、もしくは反対になっているかだ。そんな発言の前に「お邪魔します」くらい言ったらどうなのだろう。

 この発言は『雅人の家に行ったことある』アピールなんじゃ。そんなふうに思えてしまい、もやっとした気持ちを抱く。

 それが顔に出ていたのだろうか。町田さんはわたしを見てから、間を置いて口端を持ち上げた。

 わざとだ。町田さんはわたしがどう思うかを予測して、あえて、口にしたのだろう。

 やっぱりわたしは、彼女のことを好きにはなれない。

 彼女の挑発を無視するように、背を向けてキッチンに向かった。

「ねえねえ、私ってなんなんだと思う?」
「……知らないよ、そんなこと」

 わたしのほうが教えてもらいたい。

 スーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞いながら、そっけない返事をした。

 一通り片付けてから、クーラーの電源を入れて再びキッチンに戻る。お茶を取り出してグラスをふたつ並べた。そして、ふと気がついた。

 そういえば、町田さんはお茶、飲むんだろうか。

「お茶、いる?」

 体はないけど飲めるの? とはさすがに聞けなくて、遠回しに問いかける。彼女はそれに対して、なんでもないことのように「私、今なにも飲めないから」とあっけらかんと答えた。

「お腹もすかないし、喉も渇かないの。昨日から色々試してはいるんだけど、触れることはできるのに、動かすことは出来ないんだよね。空気みたいなもんなのかな」

 そういうものなのか、と不思議な気持ちになった。

 幽霊ってふわふわ漂っていて、透けていて、壁とかも素通りできるのをイメージしていた。案外不便なようだ。

「色んな人に話しかけても聞こえないし、目も合わせてくれないしつまらなくってさあ。目の前には眠ってる自分がいるし、気が狂いそうだったんだよねえ」
「そんなふうには見えないけど」

 つい本音を零してしまう。

 すると彼女は「ふふっ」となぜか笑った。その顔に、ほんのすこし翳りが見えて、雅人のそばで泣いていた町田さんの姿を思い出す。