「……あ、の」

 勇気を振り絞って、ドアを見つめたまま呼びかけた。そして、そっと視線を横に向ける。

 隣に立っていた彼女は、しばらく目を大きく開いてきょとんとした表情を見せていた。わたしの発した言葉が自分に投げかけられたものだと理解してから、ほっとしたように顔を緩ませる。

「やっぱり、見えてたんだね、よかったあ」

 そう言って、ふんわりと微笑んだ。この真夏の、汗が吹き出すような暑さの中に立っているとは思えないほどの涼しげな笑顔だ。

 こうして見ると、やっぱり、町田さんだ。町田さんはここにいる。マンガやドラマであるように、透けていたりだとか、飛んだり通り抜けたり、なんてこともない。この姿が誰にも見えていないなんて、信じられない。会話だってできるのだ。

「なに、してるの?」
「事故っちゃってねー」

 問いかけると、彼女はケラケラと笑った。

 今までと変わらないかわいい笑顔に、明るい口調がかちんと来てしまう。雅人がどれだけ心配していたか、見ていたはずなのに。なんでそんなふうに笑えるのだろう。雅人にあんな苦しそうな顔をさせておいて。

 けれど、事故に遭った本人にそんなことを言うわけにはいかない、と思いをぐっとこらえた。本人の体は今も病院で眠っているのだ。

「それは知ってる。なんでわたしに付いてくるの?」

「まあまあ、暑いでしょ? 中入ったら? こんなところでひとりで喋ってたら怪しまれるよ。私、今他の人に見えてないみたいだし」

 ね? と可愛らしく首を傾げてわたしを上目遣いで見つめた。

 彼女の言うことは最もだ。マンションの廊下はむあっとした熱気に包まれていて、汗がじわじわと額や背中に浮かんでくるのがわかる。けれど、このままドアを開けるともう二度とわたしから離れないのではないだろうか。

「……話、する間だけだからね」
「わかったわかった」

 軽い返事が気になるものの、とりあえず玄関のドアを開けて彼女を招く。